戸越銀座のベランダ

戸越銀座のベランダ

彼が31歳で、私が22歳のときだった。

戸越銀座に住んでいると聞いて、彼をすごく好きになった。

私も同じ駅に住んでいたから。

 

春が近づいてくる頃、商店街のマクドナルドでお茶をした。

その向かい、4階建てのアパートの1番上に彼は住んでいた。

ベランダに置かれた洗濯機を指差して、あれが僕の家だと教えてくれた。

 

3月11日金曜日、大きな地震が起きた。

当日は家に帰れたかどうかを、それから数日は停電とか商店街のスーパーの品不足について連絡を取り合った。

数日後、夜ご飯を作りすぎたという彼に、家に行って食べてみたいと言った。

それから私たちはそういう仲になった。

 

4階建てのアパートは、戸越銀座駅から徒歩1分、商店街のど真ん中にある。

エレベーターはなく、いつも階段で上がらなければならない。

人通りのある夜10時くらいまではとてもにぎやかで、窓をあけると風とともに商店街の声が聞こえる。

こだわって買ったというスピーカーからはジャズやスカが流れていて、外の声と混じってそれがとても好きだった。

終電が近づくと、街はふっと静かになる。

前の彼女と結婚したことがあると聞いたのは、そんな時間だった。

ふたり暮らしからひとり暮らしをする場所として、彼はこのにぎやかで静かな街を選んだのだ。

 

ほどなくして、彼は池上線にのって洗足池に連れて行ってくれた。

池の上にできたレストランで食事をしながら、ここは桜がとても綺麗なんだと教えてくれた。

少しタイミングが早かったねと、困ったように笑うのがかわいい人だった。

写真が好きな彼は、商店街にあるカメラショップ、カノンによく連れて行ってくれた。

私もその影響でカメラをはじめた。

一緒に横浜へ写真を撮りに行く日の朝に、記念にカノンでチロル模様のストラップを買ってくれた。

 

仕事おわりに待ち合わせるのも、いつも商店街。カウンターで飲んで、歩いて帰った。

戸越銀座温泉という名の、銭湯にもよく行った。

いつも彼のほうが早く出て、ビールを飲みながらマンガを読んで、私を待つ。

お風呂あがりに手をつないで、静かな商店街を歩いて帰るのがとても幸せだった。 夏の暑い日、はじめてビールの美味しさを知ったのもこの商店街だった。

唐揚げを売る店先に置かれたパイプ椅子で向かい合って、揚げたての唐揚げをビールで流しこみ、これが最高って言い合った。

商店街の裏にある神社の夏祭りでは、ちょうちんの明かりの下、盆踊りをふざけて一緒に踊った。

 

魔法使いみたいな彼は、自家製の味噌で料理を作るし、新鮮な浅漬けも、素朴なローストポークの作り方も知っている。

最後の晩餐があるとしたら、こういうものが食べたいと、その頃から思うようになった。

 

ビールの味も、カメラの魅力も、山登りも、音楽フェスも、シュノーケリングも、島旅もすべて彼が教えてくれた。

それが当時の私にとって、いかに新鮮なことだったかは、彼は気づいていたのだろうか。

ようするに彼のことが、私はとても好きだった。

それなのに彼はたまに寂しい顔をして、寝転びながら頬杖をつき、静かなジャズを流し、ベランダをよく眺めていた。

私はとなりにいて、顔を覗き込んでも、彼は目を合わせてくれなかった。

 

秋が来て、別れることになった。 別れが受け入れられなくて、何度も商店街から、ベランダの洗濯機を見つめた。

 

今でも戸越銀座を通ると、あの部屋を見上げてしまう。

次の入居者だったとしても、誰かがちゃんとあの部屋に住んでいるのを見ると、ほっとする。

あのときと、洗濯機は違うけれど。

 

あれから2年後、彼は再婚したらしい。

私よりずっと大人な人だと思う。念願の子供も生まれたそうだ。

 

もし東京に住むなら、どこに住みたいか?

東京を離れた今もしそう聞かれたら、それでもやっぱり戸越銀座を選ぶと思う。

 

できれば商店街に面した、風が気持ち良い、ベランダのある部屋で。

 

 

written by ayaka



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